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西郷南洲流謫地跡(奄美大島)
西郷隆盛が島流しで住んでいた家(西郷南洲流謫地跡・奄美大島)を池田社長が訪れました。

西郷南州流謫地跡
安政5年(1858年)西郷さんは鹿児島錦江湾に僧 月照と身を投じたが蘇生した。
島津27代斉興の裁量により幕府に対しては、死亡したと届け出、菊池源五と変名して、この地に潜居と命じられた。
西郷さんを乗せた砂糖積載船福徳丸は安政5年12月10日 山川港を出帆して翌12日西郷松のそびえる阿丹崎に到着した。
はじめ、美玉新行の空き家を借家として2ヶ月住んだが、その後小浜の大島の名門郷士格 龍家の離れ家で過ごした。
安政6年3月から2年8ヶ月この家で過ごした。
この年の11月8日 龍 佐民夫妻の媒酌により龍家二男家の子孫 愛加那と結婚したが、西郷さん33才、愛加那23才であった。
翌文久元年 菊次郎誕生、2年有余住み慣れた龍家の離れ家からこの地に新居を構えた。
この新居に移転した次の日召喚状を受け取り文久2年1月14日この地を離れた。
この住居は、再建し現在に至る。
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左写真:長男 西郷菊次郎、右写真:妻 愛加那

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